蝶の羽ばたき

「元の自分に戻るため」の一歩を踏み出した、結構いい歳の私の記録。なんでも書きます。

空想のおはなし 「バースブック」

※私が空想力を駆使したお話です。

 

運命省 バースブック課 〇〇国担当部

私は、そこの主任を務めている。もうかれこれ8年ほどになる。

バースブックとは、人が誕生した後一番最初に贈られる本のことである。人はみな誰しも、産まれたら運命省から1冊の本が贈られるのだ。贈られた本は、その人の「運命の本」だ。その人が興味を持つであろう分野の本。その人が将来歩むであろう運命のどこかにまつわる本。その人がどんな運命を背負って産まれてきたのか、バースブックにはその一端が含まれている。

 

ここは、そのバースブックを決める部署だ。

 

短いメロディが部署に鳴り響いた。

人の誕生を知らせるメロディである。

部署内のスタッフたちのつかの間の休息が終わる。

 

「主任、みんなに声をかけますね」

部下のひとりがそう言って、出ていった。

今から検討会議を開かなければいけない。占星術師、数秘術師、姓名診断師などさまざまな分野の担当者に、今頃産まれた人間のデータが送られているはずだ。各担当者は各々の専門分野においてその人のことを分析、予見し、みんなが集まってどの本が相応しいか決める会議を開くのだ。

私はため息をついた。日に何度も何度もこの会議が開かれる。おちおち昼食もとれないではないか。

やれやれと席を立とうとした時、内線電話が鳴った。

「はい」

「すみません、交換希望対応室です。バースブックの交換を希望している親子が来てまして…」

「マニュアルに沿って対応してくれれば…」

「それが、かなりお怒りでして、本を決めた担当者を出せとすごい剣幕で…」

私は天を仰いだ。こうして、バースブックが気に入らない、私の運命はこれじゃないと意義を申し立てにくる人々は少なくない。なぜなら、人の運命は交わる人達によって変更されていくことが多いからである。バースブックの強制力はさほど強くはない。だから、大抵の交換希望であれば対応できるのだが、稀にこうやってバースブックの選定にかなり腹を立てる人もいる。

 

運命は、決められたものじゃないんだ。

 

それが、そういうクレーマーの言い訳の大半だ。

 

私は対応室にもう少し粘るように伝えて電話を切った。まったく、私の方が文句を言いたい。「上」は何をしてるのか。

 

ただ、「上」に文句を言いたくても言えない。「上」のことに言及するのは厳禁だ。以前、「運命省の上にいるのは誰なのか」を詮索して、クビになった人が何人かいる。運命省が誰の元で機能しているのか、それは最上級の機密事項らしい。おそらく、普通に勤務している職員でその機密を知らされているものは誰もいないのであろう。

 

運命の元には何があるのか。

みなそれが知りたいのだ。運命はどこからやってくるのか。どうやって決まるのか。運命の行先はどこなのか…

 

そこまで考えてやめた。私がやるべきことは、先ほど産まれた新しい命に相応しい本を選ぶことだけだ。

 

会議の支度が整ったことを部下が伝えに来た。百戦錬磨の専門家たちは、すでに分析を終えたらしい。

 

私は会議室に行くためにジャケットを羽織り、立ち上がって足を踏み出した。